だんだん陽も傾き、薄暗くなってきたなか、そこかしこの家々に灯が点り出します。
薄暮、1日のエンディングに向けて、時間がゆっくりと流れてゆきます。
皆さんこんにちは☀
エッセンシャル渡辺です。
田舎まち、夜何となく旅をしていると、山あいのすきまに、一軒家の灯が見えることがあります。
街の中心部からは遠くかけ離れた田舎の土地では、時間がゆっくりと通りすぎているような気がします。
賑やかな街にいると、ついついああしなきゃ、こうしようと、気持ちが前向きになる反面、見えないなにか(恐らくそれは自分自身に過ぎないのですが)に常に追い立てられて、辛うじて息をしているような気になることがあります。
急いでも焦っても、結局は同じところをただ走り回ってるんだなあ、と。
ですがその山あいに、遥か昔からぽっと灯り続けているような灯屋を見ていると、ゆっくりと心が、地に着いていく気持ちになります。
九州の実家には今はもう誰もいませんが、帰省した時は、夜は小さな豆球を灯して出掛けます。
そうすると帰ってきた時、遠くから見えるうっすらとした家のあかりに、
ああ、この家は昔と変わらない、
いつまでも生活の温もりがあるなあ、
と妙に安心するのです。
「ただいま!」
と、元気よく帰る、がらんとした家屋ですが、その灯した小さな電球が、温かくお帰り、を言ってくれてるような気がします。
良い大人が変ですかね?
でも良いのです。
たったそれだけで、不思議と全然寂しくはないのですから。
一穂の灯。
ですが、そのあかりは、なつかしい時間をいつも心に思い起こさせ、気持ちを満たしてくれています。