ある晩。
いつものパーキングで、缶コーヒーでブレイクしながら、バイクの横で、ぼーッと座っておりました。
すると、ふと視界の端を、横切った黒い影があります。
その暗がりに目を向けると、そこにはかわいいコオロギがおりました。
そいつは、ノソノソと歩道の縁石をよじ登り、登りきったとこで、しばらくじっと何かを考えているようでしたが、こちらに方にまたノソノソと歩いてきました。
最近節電で、どこもかしこも暗いもんですから薄暗がりの中、どうもそのコオロギがやたら平たく見えたのがちょっと気になりましたが、何とも親しげにこちらに歩いてくるもんですから、一応歓迎の体勢でそいつを迎えました。
そしたら、やっぱりゴキブリでした。
でもなぜか、可愛らしさを感じる風情です。
そうこうしているうちに、そいつは私の横をすれ違って歩いて行きましたが、途中でまたじっと何かを考え始め、しばらくすると今度は、私の方に向かってきました。
なんでゴキブリって、人に向かってくるんでしょうね。
さすがにちょっと迷惑だったので、落ちてた枯れ葉でヤツの自慢の触覚をツンツンと弾いて、
『オイオイ、こっちはナンもないよ』
と、語りかけました。
するとそいつは、またじっと止まってフムと考えたあと、向きを変えて歩道の向こうの茂みの方に、ノソノソと歩いてゆきました。
なぜだか、ちょっとだけ、心のふれあいがあったような気がしました。
なぜゴキブリは皆に嫌われているのに、その時の私は、そいつを憎めなかったのか?
そのカギは、歩く速度にありました。
最初に勘違いしたように、あまりにもゴキブリらしからぬ、力のないユルいトロい歩き方。
その速度は、まるでカブトムシでした。
で、そのあとあまりにも無防備な接近の仕方。
緊張感のかけらもない、その佇まい。
そして、
『またね、バイバイ』
と言われたら、あ、そうですか、わかりました、とばかりに踵を返し、立ち去るその後ろ姿。
あまりにもノコノコ歩いてゆくので、その背中をつい最後まで、見送ってしまいました。
ゆっくり歩く昆虫だったら、きっと彼ら一族は、ここまで憎まれる存在にはならなかっただろう、と思われます。
違いますかね?