南国というタイトルを誇る我が故郷宮崎も、12月は当たり前に寒く、1時間半前に発った東京の寒さと、そう大差ない気がした。
それどころか、宮崎の大地は基本的に平野なので、風の強さがなかなかにぶっ飛んでいる気配があります。
そういえば高校生の時は、毎冬ひどい木枯らしの中、堤防沿いの通学路を、向かい風に喘ぎながら自転車を漕いでいました。
朝は肌が切れそうになるくらい、キツく冷たい向かい風に往生し、帰り道もなぜか追い風でなくまた向かい風なんです。
わけが判んないです。いつも向かい風。
顔に当たる今は懐かしいこの風も、当時は全く難渋してました。
朝夕のあまりの向かい風っぷりに、自転車を道路に放り出したことも2、3度あります。
そして、それがために変速機がぶっ壊れて走行不能に陥り、家までガタピシ押して帰るハメになりました。。
今思うと、その全てをプラス思考にとらえて、
『向かい風筋力トレーニング』
と称し、毎日積極的に張り切って漕いでいれば、食欲増進、筋力アップ、気分爽快、と良いこと尽くめな抜群環境だった訳ですが、、、まさに短気は損気ですなあ。
なので理性の力、というものの偉大さに、つくづくも感服するここ最近。
イライラしたり怒ったりするのって、自分が何かに揺さぶられた時ではないですか。
何があっても、揺さぶられなければ絶対的に腹もたたない筈ですが、影響を受けて心を乱された時に、焦り、とまどい、気の迷い、が生じ、それによって怒りが誘発されるようで、それって自分という人格、精神を一時的に手玉に取られた状態、だからなようです。
だからこそ、理性の力、というものが必要で、そういう時にちゃんとしていられると、冷静でニュートラルな自分でいられる訳で、極端な話、ミサイルが落ちてきても平静でいられるかも知れませんね。
まあ、そう判ってはいても、冷静な筈の一人の時に、あの問題やら、この人間関係やらを整理しようとしても、なんだか毎回その時の気分で、自分の中での結論がコロコロ変わってしまうので、未処理箱にいつまでも、それらがチラチラ見え隠れしています。
どこか常に、心静かにいられないのは、まだ覚悟やら肝やらが座っていないからでしょう。
ただそのような不安な時に、たまたまでしょうが、かけてもらった言葉に、いたわりや優しさがあった時、ただそれだけで、有り得ない勇気やパワーをもたらしてくれる時があります。
それは、寄り添う力、とでも言いましょうか。
理性の力で頑張って一人立ち向かいつつも、ともすれば倒れそうな心を、今度は外からガシッと支えてくれる絶対的パワー。
それは言わば、 ” 味方の力 “と、いうものなのかなー。
などと、ぼんやりと物思いに耽った12月、故郷の冬の夜。
皆さんは今年一年、どのように過ごされましたか。
どうぞ来年も健やかに、心明るく過ごされますよう、心より願っております。
では、良いお年を!