2010-09-15

柔らかな匂い

 蓬莱。 

この国の大気は実に玄妙で、蓬莱の陽光は他のどこの陽光よりも色が白いのだ。 その乳白色の光線は驚くほど澄んでいるが同時にとても柔らかい。 それは窒素と酸素の化合物でなく幾千万億の世代の霊気が混ざり合った透明体である。

 蓬莱についての記述はまだ続きます。 

 

 二千百年前の古い秦朝の文献にこの蓬莱国のことが数多く書かれており、それによると、この不思議な大気の国に暮らす人々は邪悪の何たるかをしらない。 玄妙なる大気が血液に入り込み、その精気は人々の感覚を内部から変えてしまうからだ。 故に人々の心は決して老いることはなく、神のもたらす死の悲しみの他は何も隠すことがない。 人々は生まれてから死ぬまで微笑みをわすれない。 そしてその希望の一部は、無私の生活の美しさ、女性の優しさの内に見いだされる。

 

 いつしか西から邪悪な風が、蓬莱の国に吹きわたってくる。 すると悲しいかな、この霊妙な大気はただの断片のように切れ切れになってしまう。 蓬莱は蜃気楼とも呼ばれ、今や蓬莱はささやかな霊雲の下にだけしか存在しない。 そのまぼろしは、絵や詩や夢の中を除いては再び私達の前にあらわれることはない。 

                                ラフカディオ・ハーン、「怪談」より。

 

 昔から怖い話が好きで子供の頃、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の耳なし芳一にハマったことがあります。

壇ノ浦の墓地で、一人琵琶をかき鳴らすくだりは、なかなかおどろおどろしく秀逸でしたね。

それが懐かしく、ハーンの文庫本を買ったら、中に蓬莱という国の記述がありました。

 

 夏もようやく終わってきたかな~?なんて、少しは思える気温になってきた昨日今日。 

ぶらぶら小道を歩いていたら、澄んだ空気に懐かしい柔らかな匂いを感じ、ちょっとハッとしました。

 

 子供の頃、というよりもっと時空を超えたような時代に、もしかして感じたような柔らかな感覚。

我ながらよく判りませんが、蓬莱という世界は、実はあったのかも知れませんね。