ここ一年くらい、よく廃線跡を辿る夢をよく見ます。
山野を切り通した窪地に、線路の路盤が埋まっている風景。
深沈たる深い沼のふちを、草に覆われた廃線が続いている風景。
ひどいのになると、洞窟のなかに続く、錆びたレールを薄暗いカンテラの光だけで辿る夢だったり。
昨日もまた見ました。
山奥の鄙びた集落跡に、半ば土に埋もれたレール跡を辿る夢でした。
いずれの夢も、レールを辿れば辿るほどレールが網の目のように分かれ、草薮のはるか遠くまで延びていき、それでいて、ひとつとして生きている線はない。
時刻は夜のような夕方のような、くたびれた朝のような。
明るすぎない陽の光が、いつもまわりに満ちていて、そう何と言いますか、なんだかだるいような虚無感が伴っている感覚です。
個人的には廃線巡りとか好きで、よくあちこちに行きますが、夢の中に出てくる彼らは、一様に寂しすぎるというか悲しすぎるというか。
こんなところにいたんだ、的な忘れ去られ感が半端ない。
でもだいたい10日に一回は、こんな夢を見てるような気がします。
こうして書きながらわかった、、、きっと脳の更年期障害だ。と、思います。
先日、ライヴ仲間との話で、だんだんと体力の維持が辛くなってきて、いきなりガクンと来るよ、と言われたんですが、まさしくこれは精神の更年期かと。
でも曰く、それを上手く乗り越えたら、今度は逆にそうそう疲れない体になる、そうで、それは各々の課題だそうです。
なのでこの濃ゆい、かったるい廃線巡りの夢は、疲れ果てた精神が、次へのステップへと昇華する時期に来たという前兆、知らせなのではないかと思います。
この夢見のだるさは、まさしく、体力が続かなくなってきた肉体的な辛さのそれと酷似しています。
きっと精神も、積もり積もったいろんなものを排出していこうとして、それの一環として、変な夢を見るのでは。
でももしかしたら、ただ単に、寝相の悪いせいだったりして。
追伸。4/1のなべ日記、オカマちゃんカミングアウトの話。
あれを素直に信じられてる人がいるようで、すいません、なんだか心配していただいて、とってもありがとうございます。
でも個人的には、そんな方々こそが、僕は人として大好きです。
でもくれぐれも、『消防署の方(方角)から来ました』とか言う業者に消火器とかを買わされないよう、ご用心。