『どうもすいません』
と言ってお隣に座った品の良い老婦人が立たれて、私の前を通られました。
長椅子がたくさん並んでいる、空港のロビー。
私はたまたま、空いていた長椅子席の端っこに座っていたのですが、だんだん混んできて、席がいっぱいになってきました。
人の出入りも多くなってきましたが、前の席との間隔はそう広くはなく、人体の体積は減らしようがないんで、なるべく足をちぢこめて通りやすくします。
その日は待ち時間が長くなっていたため、ご婦人は時折りお買い物、お手洗いに立たれるのですが、そのたび、
『何度もどうもすいません』
物腰低くそうおっしゃられます。
些細なことでも、丁寧に言葉に出しておことわりを仰る、そんなお人柄が伝わってきました。
そうこうするうちに、ようやくその方の飛行機の搭乗手続きが始まりました。
最後にもまた、
『どうも、また前をすいません。』
その物静かなおっしゃりように、思わず
『お気をつけて』
と、声をお掛けしましたら、
一瞬立ち止まり、豊かな笑顔で
『ありがとうございます』
とおっしゃられました。
素敵な笑顔でしたね。
大阪伊丹行きの通路を歩いてゆかれる、もう2度とお会いすることのない、老婦人の後ろ姿を見ながら、
(きっとこれからもお元気に、ゆったりと過ごされるんだろうなあ)
と、ちょっと幸せを、お裾分けしていただいた気分になりました。