2018-11-15

哀愁には雨の夜

 背中というものは、その人生を物語っているとよく言います。

顔で笑っていても、背中で泣いている。

往年の大俳優・チャールズ・ブロンソンの映像を見ていると、しみじみと心打たれるものがあります。 

 

 そんな哀愁を帯びた背中に遭遇したのは、とある、夜雨の降りしきる秋の晩のことでした。

哀愁は哀愁を呼ぶ。

その夜は自分もなんとなく、そんなブルーな気分だったからでしょうか。

 

 家の駐車場に着き、車を降り立って、雨打つ傘の下にこもり、外へ出ました。

横には、もう一台の愛車キャロル号を止めてあるので、その後ろを何気なく通った時に、後ろのリアスポイラー(F1とかの羽みたいなやつ)に、季節の落ち葉が貼り付いているのを見ました。

(あー、落ち葉か。雨が上がったら、ピッタリと貼り付くから跡が付くなあ、、)

そう思い、人差し指で、落ち葉をつまもうとしたのですが。。。

 

 ムニュッ!!と予想外のありえない弾力的感触が、脳に伝わると同時に、その落ち葉がサササーッと移動したではありませんか!

 

 うっっ、なんだこれは?!!? 

コーヒーのつもりで飲んだらぜんざいだった、、的な乖離感。

まったく現実について行けず、一瞬、雨の中でフリーズしてしまいました。

そうしているうちにも、例の落ち葉は私の足元にポトリと落ち、どこか見たことのあるような動きで、私のブーツの土踏まずのすきまに、ササッと隠れたではありませんか。

 

 そう、G将軍だったのです。

 

 私は、雨にうたれながら一人佇む、黒光りするG将軍の背中を、不用意にも押してしまったのです。

 

 『えっ、えっ、なんなんですか?何するんですか!』

せっかくの一人の時間を、ゆったりと過ごしていた彼の抗議の声が、聞こえてきた気がしました。

『私が何かしたんですか? どうしてそんなことをするんですか? 私は帰りますよ!』 

彼はそう言って、素早く私の足元から去って行きました。

 

 一人残された私は、Gの背中の感触、羽の無数のナナメ縦線の感触と、中身の詰まった感のあるボヨンとした弾力が、人差し指の先に反芻するので、何度も何度も、水たまりのアスファルトの荒目で、指先を押し付けて洗いました。

が、それでもG将軍の哀愁感はどうしても拭いきれず、人差し指を立てたまま何にも触らないようにし、家に着いてから、薬剤ブラシで鬼洗いしました。

 

 誰にも言えない、ある夜のG将軍との遭逢。

私の人生の汚点として、また一つ、悲しみを背負ってしまった。

ブロンソンには遠く及ばなくても、こんな悲しみを背中に背負った人間は、日本中にもそういないかと。

 

 秋雨に G将軍の 濡れ落ち葉      じゅんいち